2022年04月19日

鳥はなぜ渡る?

9万kmを旅するキョクアジサシ

鳥はなぜ渡る? 

ツバメのような渡り鳥は、繁殖・食糧・そのほか環境の変化に合わせ、時に数千kmを超える長い距離を移動します。例えば、フィリピンやインドネシアで冬を越したしたツバメは、2000km以上の距離を飛んで、繁殖のために日本へ戻ってきます。彼らはなぜ、「渡る」のでしょうか?

 体の小さなツバメが海を越えて飛んでくることにも驚きを禁じ得ませんが、世界にはさまざまな渡り鳥がいます。酸素濃度が平地の10%しかないヒマラヤ山脈を越えるインドガンや、太平洋をオーストラリアからアメリカ西海岸までぐるっと回るハシボソミズナギドリ。なかでも北極から南極まで9万kmを旅するキョクアジサシの渡りは動物界最長で、平均寿命の30年を生きるあいだに移動する距離は、なんと地球と月の間の距離(約38万km)の3往復分を超えます。(※1)

巣に並んだツバメのヒナたち
ヒマラヤ山脈を越えるインドガン
太平洋を回るハシボソミズナギドリ

 多くの鳥たちが、危険を冒してまでこのような長距離の渡りをするのはなぜなのでしょうか。また、GPS機器などを持たない彼らが、どのように渡りの時期やルートを正確に知るのでしょうか。

 鳥の渡りの謎について、本記事ではオランダの動物学者ニコ・ティンバーゲンが提唱する4つのアプローチから解説します。動物学の祖といわれるニコ・ティンバーゲンは、生物のある習性や機能を理解するためには、4つの疑問を解明しなければならないと考えました。

すなわち、

①その習性・機能のメカニズムはどのようなものか

②その習性・機能はなんのためにあるのか

③その習性・機能は個体の発達段階でいつ完成するのか

④その習性・機能はどのような進化過程で獲得されたのか

という4つの問いです。これを「ティンバーゲンの4つのなぜ(問い)」と呼びます。

「ティンバーゲンの4つのなぜ」
渡りについての「ティンバーゲンの4つのなぜ」

①渡りのメカニズム(至近要因)

 現在、鳥類はおよそ1万種が確認されており、そのうちの約15%が渡りをすると考えられています(※2)。日本の野鳥では、40%から60%が何らかの渡りをしています。(※3)

 渡鳥がうまく「渡り」を行うためには次のようなメカニズムが必要と考えられています。

(1)渡りの時期を知るメカニズム

(2)渡りの正しいルートを知るメカニズム

(3)渡りのエネルギーを確保するメカニズム

それぞれ解説していきます。

(1)渡りの時期を知るメカニズム

 渡りの時期が来ると、渡り鳥は心拍数が上がって落ち着きがなくなり、飼育下にある鳥でもかごの中を飛び回るようになります。この「渡りの衝動」と呼ばれる行動を手掛かりにして、渡り鳥が渡りの時期を知る要因を確かめる実験がドイツで行われました。

 この実験で使われたのは、ヨーロッパに生息する渡り鳥のキタヤナギムシクイです。キタヤナギムシクイは3つのグループに分けられて、それぞれのグループは異なった条件下で飼育されました。1つ目のグループは、季節の変化がわからないよう外から遮断され、温度は一定、日照時間は12時間という環境での飼育。2つ目のグループは、アフリカのコンゴ民主共和国に運ばれました。コンゴ民主共和国は赤道近くにあるので、1年を通して日照時間がほぼ変化しません。そして3つ目のグループは、ドイツで、季節の変化がわかるような環境で飼育されました。

キタヤナギムシクイ(引用元「日本の野鳥識別図鑑」https://zukan.com/jbirds/internal14911

 この3つのグループを観察した結果、どのグループもまったく同じ時期に同じ期間だけ、渡りの衝動がみられました。このことから、「いつ」渡りをはじめて「どのくらいの期間」を飛ぶのかというスケジュールは、外的な要因に関係なく、渡り鳥の体内時計に組み込まれているようです。(ただし、別の実験から、キタヤナギムシクイの体内時計は本来約10か月周期であり、日照時間の変化によって、1年周期に調整されていることがわかっています。)

 体内時計のスケジュールにしたがって渡りの衝動にスイッチを入れるのは、生殖腺から分泌される性ホルモンです。しかし、これがどのようなホルモンで、どのような作用をするのかはまだ分かっていません。

(2)渡りの正しいルートを知るメカニズム

 多くの渡り鳥は、子午線に対して一定の方向をとる航法を用いており、そのために、さまざまな「コンパス」を利用していると考えられています。

 ひとつが太陽コンパスです。体内時計で時刻を知り、その時刻の太陽の位置から方向を決定します。日没時の偏光パターンも方角を知るのに欠かせません。日没後に出発する渡り鳥が多いのはそのためです。

 

 また、星座を目印にした星座コンパスも利用しています。これはルリノジコという鳥をプラネタリウム内に放ち、星座の配置を変える実験で確認されました。

 さらに、渡り鳥は地磁気も感知できると考えられています。地磁気は緯度によって水平面に対する角度が違うので、地磁気を感知することで緯度と方角を知ることが可能です。渡り鳥の網膜にある青色光受容体が地磁気を感知している可能性が、最近の実験で示唆されました。

 そのほか、匂いや音なども関係している可能性があり、渡り鳥はこのような情報を総合的に判断してルートを決定しているのではないかと考えられています。

(3)渡りのエネルギーを獲得するメカニズム

 何千、何万kmの距離を飛ぶためには、膨大なエネルギーが必要です。渡りの中継地で栄養補給をするのはもちろんですが、重要なのは渡りの前に脂肪を蓄えておくことです。渡りをしているハイタカやチョウゲンボウは、太っていることが見た目にもわかるほどで、またヨーロッパからアフリカへ渡るニワムシクイという鳥は、普段は19g程度の体重が、渡りの前には大食することで30gまで増えます。これらの脂肪は、飛ぶのに邪魔にならないよう、内臓周りの組織に貯蔵されます。

②渡りの目的(究極要因)

 渡り鳥は、なぜ危険の伴う長旅をするのでしょうか。果たして「渡る」ことが繁殖や生存に有利に働いているのでしょうか?

 長い距離を飛ぶのには多くのエネルギーを消費しますが、実は渡りの目的はエネルギー効率を追求するためだと考えられています。一見不思議に思えるかもしれませんが、実際には渡りで消費するエネルギーよりも、渡った先で獲得できるエネルギーのほうが大きいことがわかっています。(※4)言い方を変えると、死の危険やエネルギーの消費といった渡りにかかるコストよりも、食物を獲得して生存率が上がるという渡りの利益が大きくなければ、渡りは行われません。実際に、ヨーロッパに住むアカトビの多くは渡りをしなくなりました。都市化によるごみの増加で、冬でも食料に困らなくなったためです。

アカトビ

③渡りの発達段階(発達要因)

 ここまでみてきたような渡りの技術や能力を、渡り鳥は生まれながらに知っているのでしょうか。それとも、成長過程で学んでいくのでしょうか。

 どの方向へ何日くらい飛んでいくのか、おおよそのところは遺伝的にプログラムされています。渡りを経験することで、それをさらに正確なものに調整していくのです。

 次のような実験があります。A地点からB地点へ渡る鳥を途中で捕まえ、そこから離れたC地点まで連れて行って放します。鳥たちにとってはなんとも迷惑な実験ですが、渡りの経験を積んだ成鳥は数時間で正しい方向を見定めて、無事にB地点へたどり着きました。一方で、今回の渡りが初めてだった若鳥は、C地点からそのまま同じ方向へ平行に飛び進み、D地点へ降り立ってしまいました(下図)。

 この実験から、渡り鳥は渡りの経験を積むことで、頭の中に認知地図を描いていると考えられています。そして、群れで渡りをする鳥の場合、群れの中に年長者がいるほうが、コースを外れる可能性が低いとの報告があげられています。(※5)

④渡りの進化(系統進化要因)

 渡り鳥がどのように渡りを進化させてきたのかは、まだよくわかっていません。地球の気候変動で移動するようになったという説や、大陸移動により元の生息地から移動を余儀なくされたという説などがあります。

 もっとも、分子系統樹から鳥同士の近縁関係を調べてみると、渡りをしていた種類がその後の進化の過程で渡りをやめてしまうのはよくあることのようです。地球温暖化の影響で、渡りをやめてしまうケースも増えています。

まとめ

 渡り鳥たちは様々な能力を駆使して、生存・繁殖のために渡りをしているということがわかりました。現在、渡り鳥の生息地となる森林や湿地の減少などで、絶滅の危機に瀕している種は少なくありません。渡り鳥の広大な渡りのルートに含まれる国や地域が協力して、渡り鳥の保全に取り組んでいくことが重要視されています。

参考資料

・「生き物をめぐる4つの「なぜ」」長谷川眞理子

・「鳥!驚異の知能」ジェニファー・アッカーマン

・(※1)https://tokyo.birdlife.org/archives/world/15762

・(※2)(※4)https://www.afpbb.com/articles/-/3173759

・(※3)

https://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000260504

・(※5)https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/8314/

WRITER PROFILE

岡田 千夏 おかだ ちなつ

ねこ好きライターです。理系分野が得意。ねこのイラストや漫画も描きます。京都で4にゃんと暮らしています。