2022年04月25日

鳥はなぜさえずる?

ウグイス

「春告鳥(はるつげどり)」の異名を持つウグイスは、早春に「ホーホケキョ」と澄んだ美しい声を聞かせてくれます。これはウグイスの「さえずり」と呼ばれる鳴き方です。

鳥の鳴き方には、厳密な区別ではないものの、地鳴き(じなき)とさえずり(歌)の2種類があります。地鳴きは短く単純な音声で、警戒を呼びかけたり集合を合図したり、何かを伝えたいときの鳴き方。雄、雌ともに地鳴きをし、季節性はありません。これに対してさえずりは長く続く複雑な音声で、温和な気候の地域では、さえずりをするのは雄のみです。

鳥類約1万種の中で、さえずりをするのは「鳴禽類(めいきんるい)」と呼ばれる約4000種。鳴禽類は鳥類の中でももっとも進化したグループであるとされており、その特徴は、さえずる筋肉が3つ以上あることや、歌を生成するための脳の構造、歌を学習することなどです。

鳥は、なぜ美しい歌をさえずるのでしょうか。

そこで本記事では、オランダの動物学者ニコ・ティンバーゲンが提唱する4つのアプローチから解説します。動物学の祖といわれるニコ・ティンバーゲンは、生物のある習性や機能を理解するためには、4つの疑問を解明しなければならないと考えました。

すなわち、

①その習性・機能のメカニズムはどのようなものか

②その習性・機能はなんのためにあるのか

③その習性・機能は個体の発達段階でいつ完成するのか

④その習性・機能はどのような進化過程で獲得されたのか

という4つの問いです。これを「ティンバーゲンの4つのなぜ(問い)」と呼びます。

「ティンバーゲンの4つのなぜ」

①さえずりのメカニズム(至近要因)

ウグイスを含む鳴禽類の鳥たちは、どのような仕組みで美しいさえずりを生み出しているのでしょうか。

私たち人が言葉を話すことができるのは、声を発することのできる喉の構造と、言葉をつかさどる脳の部分があるためです。鳥のさえずりも同様で、さえずりを発することのできる喉と、さえずりをつかさどる脳により生成されています。

(1)喉の構造

人も鳥も、空気の通り道である気管は、途中で二股に分かれて気管支となり、左右の肺へとつながっています。人が声を出す部分は喉頭(こうとう)と呼ばれ、発声に使う声帯があるのは、気管の分岐点よりも上の方です。

これに対して鳥が声を出すのは、人の喉頭よりも下の、気管が気管支に分かれるところ。「鳴管」と呼ばれるこの部分は、繊細な軟骨と2枚の膜からできており、2枚の膜はそれぞれ左右に分かれた気管支に1枚ずつついています。鳥はこの左右の膜を別々に動かして2つの異なる音を同時に出すことで、複雑なさえずりを生み出しているのです。この膜の振動をコントロールしている筋肉は微小でありながら非常に強力で、ミリ秒未満の精度で収縮、弛緩することが可能。これは実に人間のまばたきの100倍の早さです。

左右の膜をどのように使い分けているかは、鳥の種類によって違います。たとえばズアオアトリやカナリヤは左の膜をおもに使いますが、反対にキンカチョウは右の膜が優位です。ネコマネドリでは左右の膜を同じように使っています。どの鳥も、さえずりの要素のどの音をどちらの膜で出すかは、明確に決まっているようです。

(引用元「KoKaNet」https://www.kodomonokagaku.com/read/hatena/5202/)

(2)脳の構造

人間の場合、言葉に強く関与しているのは大脳の言語野という部分です。同じように、鳥の脳にも、さえずりに深く関わる部分があります。脳の中で特定の仕事に関わっている神経の集まりを「神経核」と呼びますが、人間の大脳にあたる鳥の前脳には、さえずりの学習や生成をつかさどる神経核からなる神経回路があります。(※1)

温帯地方でさえずるのは雄だけなので、雄と雌では脳の構造が違います。さえずらない雌に比べて、さえずりに関する雄の神経核は3倍の大きさがあり、細胞ひとつひとつの大きさも大きく、樹状突起も長いことがわかりました。従来、脊椎動物の雄雌で脳の基本構造に違いはないと考えられていたので、この事実は研究者たちを驚かせました。(具体的にどう違うのか?図などを追加できますでしょうか?)

(3)さえずりの季節性

鳴禽類の雄たちがさえずりを始めるのは、繁殖の時期である春です。鳥たちはどのようなメカニズムで春の訪れを知るのでしょうか。

その答えは、日照時間の変化です。鳥の脳にある松果体(しょうかたい)という部位が、日照時間が伸びてきたことを感知し、それが刺激となって精巣が発達します。精巣が発達すると、雄性ホルモンであるテストステロンが分泌され、脳のさえずり中枢である神経核を刺激し、神経核が大きくなってさえずりが生成されて、雄鳥は歌い始めます。

秋になって繁殖期が終わりに近づくと、松果体が日照時間が短くなってきたことを感知して、春と全く逆の反応が起こり、さえずらなくなります。

②なぜさえずるのか(究極要因)

さえずりには、なわばりを獲得して自分の縄張りであると宣言することと、自分の魅力を雌にアピールすることの二つの目的があります。

(1)なわばりの獲得・宣言

さえずりがなわばりの維持に必要であることを確かめるために、次のような実験が行われました。

ひとつは、北アメリカのハゴロモガラスを使った実験です。ハゴロモガラスの雄を捕まえて手術を施し、さえずることができなくして元の場所に戻しました。すると、さえずれなくなった雄のなわばりは、さえずることのできる雄のなわばりに比べて約3倍の頻度で、ほかの雄から侵入されました。

ハゴロモガラス

もうひとつの実験の主役はシジュウカラです。まず、ある森の一区画から、そこをなわばりにしているシジュウカラの雄をすべて捕まえて排除します。そして、雄を取り除いた区画を3つに分け、1つ目の区画にはなにもせず、2つ目の区画には4つのスピーカーを設置して単調な笛の音を流し、3つ目の区画には同じく4つのスピーカーを設置して雄のさえずりを流しました。そうすると、1つ目と2つ目の区画はすぐに新しい雄たちが侵入して占拠してしまいましたが、スピーカーからさえずりを流していた3つ目の区画だけは、ほかの雄からの侵入を受けませんでした。

もっとも、3つ目の区画も永続的に侵入されなかったわけではなく、2日もすれば声の主がいないことがばれてしまい、ほかの雄に占領されてしまいましたが、これらの実験から、なわばりを守るためには少なくともさえずりが必要であるということがわかります。

シジュウカラ

(2)雌へのアピール

雄がさえずるもうひとつの目的は、雌に自分の魅力をアピールするためであることが、観察や実験から確認されています。

たとえばシジュウカラの雄は、つれあいができるとさえずりの頻度が減りますが、実験的につがいの雌を引き離すと、またさえずるようになります。

また、先ほどの実験でさえずれないような手術をした雄のもとには、雌は訪れませんでした。ふたたび手術してさえずるようにするとつれあいを見つけることができたことから、さえずりが雌を惹きつけるために重要な役割を果たしていることがわかります。

スゲヨシキリやウタスズメでは、より複雑な歌をさえずる雄ほど早くつがいを作ることができ、その結果多くの子孫を残せることが観察されています。つまり、メスはより複雑な歌を歌える雄を、自分のパートナーとして選ぶ傾向にあるということです。

それではなぜ、雌は複雑な歌を歌える雄を選ぶのでしょうか。複雑な歌が歌えるということは、どのような生存上の利点を反映しているのでしょうか。

これについては、「ハンディキャップの原理」という考え方があります。さえずりは、直接的には生存に必要なものではありません。つまり生存のために必要なエネルギーを余分なもの(=ハンディキャップ)に割けるということは、その雄が元気で活力があるという判断材料になります。実際、寄生虫に寄生された雄は歌のレパートリーが減ることが観察されています。しかも複雑なさえずりになるほど、筋肉の微妙な制御や長時間鳴き続けるスタミナなど、より多くのエネルギーが必要です。雌は、雄の生存能力の高さを、歌の複雑さで判断しているのでしょう。

③成長過程におけるさえずり(発達要因)

さえずりは生まれながらに身についているものなのでしょうか、それとも、成長過程において習得していくものなのでしょうか。

同じ種類の鳥でも、地域によってさえずりが少しずつ異なることがあり、これをさえずりの「方言」と呼びます。このことから、さえずりは遺伝ですべてが決まるのではなく、学習要素も関係していることが推測されます。

さえずりの遺伝と学習の関係を調べるために、次のような実験が行われました。ズアオアトリの若い雄を2つのグループに分け、ひとつ目のグループは成鳥のさえずりを聞かせて育て、ふたつ目のグループは、ほかの音から遮断して何も聞かせないようにして育てました。すると、さえずりを聞かせて育てたグループは、通常のさえずりができるようになりましたが、何も聞かせなかったグループのさえずりは、非常に単調なものになってしまいました。また、どちらのグループも、歌の長さや、音の振動数は同じでした。このことから、基本となるさえずりは遺伝的に決まっているものの、種に固有の美しいさえずりのパターンを身につけるためには、成鳥の歌を聞いて学習する必要があることがわかります。

単調なさえずりしかできなくなったグループに、あとから成鳥のさえずりを聞かせても、もはや学習することはありませんでした。学習できる時期には、期限があるということです。また、学習できるのは繁殖期だけで、秋や冬には成鳥の歌を聞いてもさえずりを覚えないことが観察されています。

ズアオアトリ

では、雄の若鳥はどのようにさえずりを学習するのでしょうか。これには、「聴覚鋳型モデル」という学習メカニズムが使われています。

若鳥の脳には、遺伝的に組み込まれているさえずりの大雑把な鋳型があります。まず成鳥の歌をよく聞くことで、この鋳型をより正確なさえずりパターンへと修正します。(歌を記憶するステップ)

さえずりの鋳型が完成すると、自分のさえずりを鋳型と比較しながら繰り返し練習し、正しいさえずりを習得していきます(歌を生成するステップ)。

孵化して約2週間、ヒナたちは巣の中でおもに父親がさえずるのを聞いて歌を記憶し、その後数万回、数十万回と練習を繰り返し、自分の歌が記憶の歌とぴったり合うように修正しながら、さえずりを完成させていくのです。

最近の研究で、鳴禽類のヒナは卵から生まれる前の胎児の段階で、同種のさえずりに強く反応することがわかりました。さえずりの学習は、胎児の段階からすでに始まっている可能性があります。(※2)

④さえずりはどのように進化したのか(系統進化要因)

鳴禽類がどのような進化の過程でさえずりを獲得したのかは、まだよくわかっていません。進化に関する研究が進まない理由のひとつは、さえずりの原始的、中間的な形態を持つ鳥が現存していないことでしょう。鳴禽類は第三世紀(6500万年前から200万年前)の中ごろから急速に世界中に適応拡散したグループです。鳴禽類の鳴管はどの種も非常に酷似していることから、おそらくその時期に、鳴管を動かす筋肉を複数持ち、いろいろな声を発することができる鳥が出現して、それが鳴禽類の祖先となったのでしょう。

まとめ

鳴禽類がさえずりを学習する過程は、私たち人が言葉を学習する過程によく似ていると考えられています。さえずりの学習メカニズムを知ることは、人の言語能力の解明へつながるものとして、期待されています。

WRITER PROFILE

岡田 千夏 おかだ ちなつ

ねこ好きライターです。理系分野が得意。ねこのイラストや漫画も描きます。京都で4にゃんと暮らしています。