生き物好きであれば、一度は憧れる動物園・水族館の「飼育員」。
そこでTerravieでは、現場で働く飼育員の方々に取材協力をいただき、「動物園・水族館の飼育員に聞いてみた! – どうやって飼育員になったの?」の連載記事がスタート。
先月から連載を開始した本企画では、動物園や水族館では知ることのできない飼育員の内側に秘めた想いを赤裸々に公開しています。
さて本記事では、先月に引き続き、和歌山県にあるテーマパーク、アドベンチャーワールドにご協力いただき、肉食動物の飼育を担当されている本間さんに、飼育員になるまでの道筋や仕事への想いなどを語っていただきました。
本間史恵
目次
進路選択は夢への道筋
ーー動物の飼育員を目指したきっかけを教えてください。
はっきりとしたきっかけは記憶になく、物心がついた時から、『動物園の飼育員になりたい』と決めていたようでした。
小学校3年生のタイムカプセルに『ライオンの飼育員になる』と書いていたこともあったので、ずっと肉食動物が好きだったんだろうなと思っています。(笑)
幼い頃、両親に連れて行ってもらった動物園や水族館で動物に触れることで、漠然と描いていた夢をずっと追い続けていました。
「動物園の飼育員になる」という夢にしっかりと向き合ったのは中学生の頃。
進路を選択しなければならなかった私は、動物園の飼育員になるためにはどの大学に行ったら良いのか、志望の大学に行くためにはどの高校を受験するべきなのかを模索していました。
この進路選択が将来の夢に向けて動き出したはじめの一歩だったので、動物の飼育員を目指したきっかけになるのかもしれません。
ーー飼育員になるために進路を選択したとのことですが、高校を選ぶ基準や条件などはありましたか?
私の場合、大学に行って専門的なことを勉強したいという思いがあったので、志望の大学への合格者のいる高校を選択しました。
ーーはじめからアドベンチャーワールドに就職したいと思っていたのですか?
埼玉県出身ということもあり、初めはアドベンチャーワールドの存在すら知りませんでした。
周りが就職活動を始めるなか、動物園の飼育員になるという選択は本当に正しいのかと不安を覚え、そもそもなぜ自分はこんなにも動物の飼育に携わることにこだわっているのかを考えたこともあります。
そんな不安を抱えながらも、酪農家、養豚場、民間の動物園、公立の動物園など動物飼育に携わる様々な分野の施設に研修に行き、自分の視野を広げていきました。
当時はまだ動物の飼育に携わることにこだわる明確な理由は自分でもわからない状態ではあったのですが、幼い頃から思い描いていた自分の将来像はずっと心の底にはあったように思います。
その後も様々な場所で現場実習を経験するうちに、どんな場所で、どんなふうに動物たちと関わっていきたいのか具体的になってきました。
民間の動物園の場合は、動物の飼育や園館を維持するためにもビジネスとして成立することが必要条件となってしまうため、動物だけのことを考えた飼育ができないといった印象があり、どちらかというと公立の動物園にいく方が自分のビジョンに沿っているのではないかと考えていました。
しかし、最後にもう1箇所、民間の動物園に研修に行ってから就職を考えようと思い、実習させていただいたのがアドベンチャーワールドでした。
アドベンチャーワールドでは、現場で働くすべての飼育員が、現状に満足せず、どのようにしたら動物たちがもっと幸せに暮らせるのかを考え、実現させようとしている様を、実習生ながら見て感じました。
また、動物たちの幸せを考えたアクションにチャレンジできるのは、経験を重ねた飼育員だけでなく、経験が少ない飼育員でも発言できる環境であることを確信して、第一志望でアドベンチャーワールドを運営するアワーズへの就職を決めました。
ーー入社試験はどのような内容だったのでしょうか?
アドベンチャーワールド(アワーズ)での採用は総合職というポジションなので、動物に関わる技能試験などはありませんでした。
その代わりに、会社の理念に共感できるのか、面接を通して確かめ合っていきます。
グループディスカッションや会社の理念を具現化し、自由にプレゼンしてくださいといった試験内容があり、紙芝居を作成したのを覚えています。
ーー入社後、肉食動物の飼育員になるために心がけたことはありますか?
総合職採用の為、必ず飼育に携われるというわけではありません。けれど私は、自己アピールは大事だと思っていたので、肉食動物の飼育がしたいとは常に周囲の人たちにも伝えていました。
前日と何が違うのかを意識して
ーー飼育員の仕事の魅力を教えてください。
私が考える飼育員の仕事は、動物を健康に育てることだと考えています。
動物の健康状態を良好に保つことは達成感を感じにくいことでもありますが、飼育員として一番大切なことです。
また、健康な状態を維持するだけでなく、より動物たちが幸せに暮らすために、もっと運動できるようにしたら良いのではないかと考えたり、おもちゃを導入してみたりなど日々考えて、調べて行動しています。
考えたことを実行し成果が出たときはとても楽しいです。
これまで来館者の目に触れることのできなかった動物を展示できることや繁殖が成功することなど、今までできなかったことができるようになった時が、やっていてよかったなとやりがいを感じます。
ーー主にチーターの繁殖に力を入れているのでしょうか?
はい。今チーターを担当しているスタッフが五人いまして、それぞれが何かのプロフェッショナルになろうと分担して意識を高めています。
ですので、繁殖について会議をするときは、その分野のプロフェッショナルになろうと取り組んでいる人を中心にみんなで考えています。
私は、大学で栄養学を専攻していたということもあるので、餌のプロフェッショナルを目指しています。
ーー大学で栄養学を専攻していたということですが、それは動物の飼育に役立てるためでしょうか?
はい。
栄養とは生物が体外から物質を摂取し、その摂取したものを原料に消化・吸収などをすることにより成長に必要な成分を作る一連の流れを定義しているので、
栄養について学んでいたら役立つだろうと思い選択していました。
恩師が栄養学の観点から動物を病気にさせないことや動物を長生きさせることなどについても研究している方だったので、動物園で役立つことを前提に研究や卒業論文を作成しました。
ーー動物の健康を保つためにどのようなことを意識して接していますか?
私は、動物たちが前日と何が違うのかをとくに注意して観察しています。
水を飲む量や餌の食べ方、便、など動物たちの細かな行動まで見逃さないように心がけています。
「なんであの時、気づかなかったんだろう」と後悔したこともあるので、動物たちの動きは常に意識しています。
ーー肉食動物も鯨類やヒレアシ類のように健康チェックなどのトレーニングは行っていますか?
肉食動物は今のところ血液検査や体重測定を実施する専用の部屋の中に誘導し、採血をしたり、体重測定をしたりして健康管理をしています。
しかし、動物たちのストレスを少しでも軽減させるためにも、フェンス越しで静止させることや、血液検査の専用の部屋の中でも落ち着いていられるようにハズバンダリートレーニング(※)を行っています。
ネコ科の動物ということもあり、イルカやアシカのようにしっかりと覚えてはくれないのではないかと思っていたのですが、トレーニングを続けていると導き出したい行動をするようになったり、体を触っていても落ち着いていられるようになったりと成果が見られます。
まだまだ勉強しなければいけないなと感じていますが、動物たちと一緒に少しずつできることを増やしていきたいと思っています。
(※)ハズバンダリートレーニング:受診動作訓練。麻酔など動物に負担をかけずに、治療や健康管理ができるよう、ストレスなく自主的にいろいろな体制をとる訓練のこと。
ーーイルカやアシカは成功した時の合図がホイッスルだと思うのですが、チーターの場合はどのように褒めていますか?
チーターもホイッスルを使っています。
ご褒美として、肉やイエネコ用治療食など少しずつ与えながら、トレーニングを頑張っています。
やりがいと挑戦
ーーこのお仕事の大変な部分を教えてください。
先ほどと重複してしまう部分もありますが、動物たちは自分の体調を教えてくれるわけではないので、いち早く動物たちの異変に気づけなければいけません。
動物たちの様子が明らかにおかしい時は、すでに重症化しているケースがほとんどですので、ちょっとした変化を見逃さないことが重要です。
また、現状改善を考えた時に、理想ばかりを膨らませても実現させなければ意味がないので、現状でできるベストを検討しスピーディーに実現させないといけません。
動物たちのためにできることを考え、実現させていくことは、やりがいや楽しさを実感できますが、その反面、実現するために様々な壁に直面しますので、大変と感じることもあります。
ーー例を挙げるなら、どんなことに挑戦してみたいですか?
「チーター ラン」に挑戦してみたいです。
ラジコンを走らせ、それをチーターが追いかけることで、チーターの運動量の向上を引き出す工夫をしている園館があるのを知り、興味を持ちました。
アドベンチャーワールドの展示場の作りがチーターを走らせるには少し足りないので、すぐには難しいのですが、10年以内の近い目標には掲げています。
飼育員の業務内容とは?
ーー飼育員さんの1日のお仕事の流れを教えてください
私たち肉食動物の飼育員の1日は、車の点検から始まります。
アドベンチャーワールドでは、サファリ形式で動物たちを放し飼いにしているので、動物たちのエリアに行くには安全上、車を使う必要があります。
肉食動物の前で車が故障してしまっては、その後の業務に大幅な支障をきたす可能性があるので、未然に防げるようにしています。
その後、冷凍庫から餌を準備し、獣舎に向かい動物たちの様子を観察します。ゲストエリアの準備や餌の準備、部屋の掃除を数名に分かれて一気に行います。
営業時間中は、外にいる動物たちが他のエリアに行かないように監視したり、夕方の餌の準備やトレーニング、ミーティングなどを行っています。
閉園後には、外の運動場にいた動物たちを獣舎に返して、餌を給餌し健康チェックなどを行い、最後はしっかりとロックがかかっていることを確認して、業務終了です。
仕事を細かく分けたら、お話させていただいた通りですが、基本的には調餌(※1)と給餌(※2)に時間がかかります。
(※1)調餌:動物の餌を作ること。
(※2)給餌:動物に餌をあげること。
ーー餌の準備にどれくらい時間がかりますか?
ライオンやトラは、拳サイズに切り分けられたお肉でしたら、飲み込んでしまう動物なので、ほかの動物に比べたら、比較的時間はかかりません。
しかしチーターに関しては、お肉をより細かく切り分けているので、午前の作業は調餌がメインです。
ーー骨付きの肉をあげることはありますか?
骨付きの肉を餌として与えています。骨は包丁では切れないので専用の機械で切断します。ある程度の大きさに切り分けたら、包丁で冷凍焼けしている部分を取り除いたり、量を調節したりします。
ーー骨付きの肉をあげているのには何か理由がありますか?
骨のない赤身の肉はすぐ飲み込むことができてしまうため、採食時間が短くなってしまいます。そのため、採食時間を伸ばすことや顎の強化などを目的に骨付きの馬肉をあげています。
鶏肉のような柔らかいものは骨ごと食べてしまいます!
骨付き肉をあげると、肉がなくなっても骨をかんだり舐めたりして遊んでいます。
ーーチーターはどれくらい餌を食べているんですか?
個体差はありますが、1日約2kgのお肉を食べています。
野生では狩りに成功しない日もありますので、チーターやライオンに餌を与えない日をあえて設けることもしています。
いつもより少し長く足を止めて動物たちを見て欲しい
ーーどんなふうに動物園を楽しんでいただきたいですか?
私は来館していただいた方に『また来たい』と思ってもらえるような動物園を築いていきたいです。
動物園に来園されるきっかけというのは、一般に幼い時、デート、子供が生まれた時の3回程度だと言われているので、一般的な人生の中で、『動物園に行く』という選択肢が増えたらいいなと思っています。
動物園は、ただ動物を見るだけだと思っている方もいるかもしれないんですが、見方次第で得られる感情や情報は大きく変わります。
たとえば、春に行くのと冬に行くのでは、観察できる姿や習性なども違いますし、さらに言えば、朝と昼ですら動物の動きは違います。
いつ行っても同じというわけではなく、じっくり見ると、違いがあって、そこが動物園のおもしろい所だと思っています。
動物の魅力や生態を学んだり感じたりして欲しいという思いはもちろんありますが、まずは動物園に来ていただいて、かわいいな、面白いなといった感情や小さな発見をたくさんしてほしいです。
動物たちが寝ている時も、ただ『寝てる』と思うのではなく、動いていない時こそ、手はどんなふうな形をしているんだろうとか、寝てるのに耳は動いているんだとか、もう一歩踏み込んで観察してみるとさらに面白い発見があるのかなとも思いますし、動物園の魅力が伝わるのかなとも思います。
動物たちに興味を持っていただくのは、飼育員としてうれしいことですので、気になることがあったら、気軽に聞いていただきたいです。
スタッフとのおしゃべりもアドベンチャーワールドの魅力のひとつだとわたしは思っています。
もし質問するのに勇気が必要だったら、Terravie(※3)やSNSを活用していただくのも良いのかなと思います。
(※3) Terravie : 動物園・水族館の生き物の様子を届けるWebアプリ「Terravie」を運営している会社。TerravieのSNSでは一般の方の投稿を取り上げるハッシュタグキャンペーンを毎月実施している
信頼のある動物園、そして飼育員に
ーー今後の目標を教えてください。
アドベンチャーワールドをチーターの繁殖地の拠点にしたいと思っています。
チーターの発情は、私たち人間と同様に季節関係なく一定の周期で訪れます。しかし中には、オスとメスを同じ環境下で飼育していると、馴れ合いが生じてしまうのか、発情が止まってしまうこともあり、その場合、元の状態に戻すというのが難しいと考えられています。そのため、現在アドベンチャーワールドではオスとメスの飼育を分けて行っています。
そのため、メスに発情が起きていても、私たちがその発情に気づけなければ、オスと一緒の空間に移動することができません。
特にメスの発情による様子の変化が小さい時は、よく観察していても、気づきにくくタイミングを捉えることが難しいです。
アドベンチャーワールドでは昨年15年ぶりにチーターの繁殖に成功し、3月にも合計6頭にチーターが誕生いたしました。
ただ今回は繁殖が成功したけれども、これからも繁殖行動を続けられるようにチーターの飼育管理ができるかといった次の課題について考えなければいけません。
これから別の動物園と協力してチーターの遺伝的多様性を保って行く場合に、アドベンチャーワールドに任せたら繁殖が成功するといった信頼を得られる園館にしたいと思っています。
個人的な目標では、栄養学の観点から動物たちの健康を維持するというのを考えるだけでなく、より現実的にしていきたいです。
『餌のことに悩んだら本間さんに聞いてみよう』となるような飼育員になりたいですね。
たくさん見て聞くのが飼育員になる近道
ーー最後に読者の方へメッセージをお願いします。
いつもTerravieを愛読してくださり、ありがとうございます。
もし読者の方に動物園の飼育員を目指している方がいたら、「動物園の飼育員」といっても、たくさんの園館がありますので、いろんな施設に遊びに行ってみたり、飼育員の人に直接話を聞いてみたりして、一つの視野に囚われず、たくさんの考えや情報を吸収して欲しいなと思います。
動物園が好きでTerravieを応援してくださっている方がいたら、動物たちがよりいきいきと生活している姿をみなさまに見ていただけるように、動物を健康に飼育できるよう日々努力するので、ぜひたくさん会いにきていただけたらうれしいです。
ーー本間さん、ありがとうございました。
本間さんならではの優しい雰囲気に包まれながら、飼育員としての心内をうかがうことができました。
動物の飼育員と一言でいっても、動物たちとの関わり方は施設ごとに違います。
もし、漠然と「動物の飼育員」を目指しているのであれば、次はもう一歩深く、「どんな場所で、どんな飼育員になりたいのか」を考えてみても良いのかもしれません。
WRITER PROFILE
Matsuda Natsuki まつだ なつき
ドルフィントレーナー専門学校を卒業後、ダイビングインストラクターや船舶の仕事に関わる。全国の水族館や動物園だけでなく、野生の生き物に会いに行くのも趣味。「地球に生まれた全ての生き物が、HAPPYで愛あふれる未来に生きたい」と願い文字を綴る。