動物園・水族館の「飼育員さん」。
生き物が好きな方であれば、一度は将来の選択肢として、考えてみた方も多いのではないでしょうか?幼い頃、手を引かれ訪れた動物園や水族館。
動物たちの暮らしが再現された空間に、いつもとは違う匂い、触れた感触。時には、迫力のあるパフォーマンスを見せてくれる動物たちに釘付けになっていたこともあったはずです。
そんな思い出の片隅に、動物たちに優しく寄り添い輝く飼育員への憧れを抱き、いつか自分も同じ場所で働きたいと夢を描く人も多いのではないでしょうか。
そこでTerravieでは、現場で働く飼育員の方々に取材協力をいただき、飼育員の仕事に迫る連載記事をがスタートします。
動物園や水族館では知ることのできない飼育員の内側に秘めた動物たちへの想い、みなさまに届けたい本当のメッセージなど、赤裸々に公開していきます。
さて、記念すべき1回目の本記事では、和歌山県にあるテーマパーク、アドベンチャーワールドで勤務されている山内さんにご協力をいただき、飼育員を目指したきっかけや経緯についてうかがいました。
動物を愛してやまない山内さんが秘める飼育員としての志とは一体。
山内 博勝
きっかけは祖父。幼い頃に抱いた夢を胸に
ーー山内さんが「飼育員」を目指したきっかけはありましたか?
きっかけは祖父でしたね。
両親が共働きだったこともあり、週末になると、祖父が動物園に連れて行ってくれました。
祖父と行く動物園が本当に大好きで楽しくて、当時、幼稚園児だったんですけど「動物の飼育員になりたい」と言う夢ができました。
ーー初めて憧れた職業だったんですね。では幼稚園の頃に描いた夢を、どのように実現されたのでしょうか?
幼稚園の頃に描いた「飼育員になりたい」という夢は、小学校、中学校と進学しても変わらず、高校に入学する時には、理系のコースを選択しました。
大学進学時も水産系や畜産系などを調べて、日本獣医生命科学大学に入学しました。
動物園や水族館と交流のある大学だったため、学生の頃は、上野動物園をはじめとする東京の動物園に研修に行かせてもらっていましたね。
ーー「飼育員になるため」に進路を選択されてきたんですね。大学卒業後、アドベンチャーワールドに就職されたと思うのですが、就職活動はどのように行われていましたか?
最終的にアドベンチャーワールドに内定をいただきましたが、本当にいろんな園館を受けました。
どんな動物も大好きですが、とくにチーターやライオンなど陸上動物が好きだったので、猛獣類が担当できたらいいなとは思っていました。
ですが、飼育員になって動物飼育に携われるんだったら、そんな贅沢は言っていられないとも思っていたので、動物の種類までは考えていなかったです。
なので、動物園に限らず、水族館の求人にも応募して就職活動をしていました。
ーー学生の頃から「飼育員」というお仕事への強い憧れが伝わってきますね。アドベンチャーワールドに就職が決まったとのことでしたが、ヒレアシ類(※)を担当するまでの経緯などはありますか?
アドベンチャーワールドは総合職なので、入社できても確実に動物の飼育ができるとは限らないんです。
僕がはじめに配属されたのは、販売課という飲食や物販などを担当する部署だったため、アドベンチャーワールドに就職して1年間はレストラン業務をしていました。
その他にも園内の音響を担当する業務課、入り口でお客様をお迎えする営業課など、様々な部署がありますので、全ての部署に配属される可能性があるなかで、移動の希望を出しながら動物の飼育に携われるように頑張りました。
その後、海の動物を飼育する部署に配属が決まり、就職して一年後に夢だった動物の飼育員になることができました。
配属されて2年間は極地ペンギン(※)の飼育を担当し、その後、現在のヒレアシ類の飼育担当になりました。
なので、ヒレアシ類を担当して9年、アドベンチャーワールドに就職してからは今年で12年目を迎えます。
(※)ヒレアシ類:分類として、アシカ科、アザラシ科、セイウチの仲間のこと。
ーー動物園に就職できたとしても、必ず「飼育員」になれるとは限らないのですね。
アドベンチャーワールドではそうですね。さらに言えば、飼育を担当する動物も分かりません。配属先の希望は出せますが、必ず通るとは限りません。
ーー想像以上にシビアですね。山内さんもチーターなどの猛獣類の飼育員希望は出していましたか?
出していたと思います。
でも僕の夢は「動物の飼育員」だったので、どんな動物でも飼育に携われるだけで幸せだと思っています。
飼育員の1日
ーー基本的なお仕事の流れを教えてください。
僕たち飼育員はシフト制で勤務しているため、今日1日何の動物を担当して、何の作業を行うのか決まっています。
そして、業務を遂行する軸となるのが、お昼と夕方に一回ずつ開催されるアドベンチャーワールドのライブ・アニマルアクションです。
ライブが開始される時間に合わせて動物たちの餌を作ったり、掃除をしたりしているので、それぞれ何人で何時までに終わらせなければいけないという時間目標もあります。
また海の動物の飼育担当ですが、アニマルアクションには、アシカやアザラシだけでなく、ペンギンやブタ、ヤギ、タカなどたくさんの動物が出演します。
なので餌を作るといっても、海の動物たちだけでなく、そのほかの動物たちの分も準備しますし、種類ごとではなく、個体ごとに給餌量(※)などを分ける必要があります。
(※)給餌量:動物にあげる餌の量給餌:動物に餌をあげること
ーーたくさんの動物たちの餌を準備するうえで、工夫されていることはありますか?
動物たちの種類や生息環境によって、調餌場を分けています。
アシカやアザラシなどのヒレアシ類の調餌場やイルカなどの鯨類の調餌場、ペンギンの調餌場など、あえて作業スペースを分けることで、動物たちの感染症対策になります。
とくに極地ペンギンは、南極やその周辺で生息している動物なので、日本の菌に対して抵抗力がありません。
そのため、極地ペンギンを扱う飼育員たちは、消毒が全てといっても過言ではないくらい注意をしながら作業しています。
また温帯のペンギンとも管理方法が違うため、同じペンギンですが、作業スペースを分けて調餌を行います。
ーー同じペンギンでも種類や生息環境によって管理方法が違うんですね。
調餌専用の道具などはありますか?
肉食動物の餌は、凍った骨付きの肉を切らなければいけないので、専用の機械があります。
ほかにも、アドベンチャーワールドでは実施していないのですが、冷凍の魚に金属探知機を通す園館もあるみたいです。
魚に混入した釣り針などを発見し除去するためです。
好き×仕事×未来が重なる幸せ
ーーこのお仕事の魅力を教えてください。
いっぱいありますけど、大好きな動物の飼育を仕事に出来ていることですかね。
個人的な意見ですが、実際に動物が好きで飼育員になれたとしても、楽しいことばかりではもちろんなくて、「こんなはずじゃなかった」って思うことが結構あると思うんですよね。
今まで一緒に働いてきた仲間がいますけど、1〜2年で辞めちゃう人も多いです。
肉体的にも大変ですし、人間関係、動物が大好きだったけど見るだけでよかったって人もいます。
だけどやっぱり僕は動物が大好きですし、飼育員しかないと思います。
先ほども言いましたが、好きなことをお仕事にさせてもらっているのが魅力的だし幸せです。
また僕たちは飼育員でありトレーナーでもあるので、ライブを通じて、来園していただいたお客様に動物たちの魅力をパフォーマンスで表現します。
なかには動物が怖くて触れなかったり、近づけなかったりする子もいます。そんな子たちが、動物に興味を持って触れるようになった瞬間はとても嬉しいです。
子どもって未来の塊だと思うんですよね。
家に帰ってもライブのビデオを何回も見てますってお手紙をいただいた時は、その子の人生に直接影響を与えられたのかなと思い、幸せな職業だなと思いました。
でも本当は、動物は自然な姿で人と干渉せずに暮らしていくのが一番幸せだと思っているので、ライブをする葛藤も正直あります。
ですが、動物園で働けていることを幸せに感じる瞬間がたくさんありますし、未来を担う子どもたちに直接影響を与えられるのは光栄なことです。
動物たちの健康は日々の観察から、「なんかいつもと違う」を大切に
ーー飼育員の大変なことを教えてください。
動物たちの健康管理には一番気をつけています。
ライブで最高パフォーマンスを披露するにしても、動物たちが健康であることが大前提です。
体の健康はもちろん、心の健康にも注力します。
動物園の存在意義が問われるなか、僕も正直、人間の満足度を高める要素が動物園にはあると思っています。
それでも僕は動物園が必要だと思っていて、動物園に生きている以上、動物たちが心身ともに健康な状態を保つというのが一番大切だと思います。
なので大変というより、動物たちが健康である状態を管理するのは飼育員としての責任です。
ーー動物たちが心身ともに健康であるためには、どんな意識が必要ですか?
動物たちの体調不良に気づくためには、動物たちの良い状態を知っておくことが大事です。
動物たちは僕たちと同じ言語を使ってはいないので、動物たちの違和感を飼育員がどこで気づけるかが大切ですね。
「なんかいつもと違う」を見逃さないようにしています。
ーー具体的に動物たちからどんな行動が見られますか?
動物たちは本能的に自分の体調不良を隠します。
弱っていることをあらわにすれば、天敵に襲われる可能性が高まり、野生では生死を問われるからだと思います。
なので動物たちが体調不良を隠そうとしている様にも、気づかないといけないですね。
ーー日々の観察が重要だということですね。
そうですね。
動物の変化に気づけるようになるので、人の変化にもすぐ気づけるようになりました。
チームメンバーとの挨拶を交わすだけで違和感を感じる時があるので、職業病ですね。(笑)
前例の少ない挑戦へ
ーー夢を叶えた山内さんですが、今後やってみたいことはありますか?
マニアックになってしまうんですけど、いいですか?(笑)
ーーもちろんです!教えてください。
動物の繁殖で今、カリフォルニアアシカをはじめとするヒレアシ類を担当しているんですけど、水族館や動物園では人工繁殖が課題になってきています。
アドベンチャーワールドでもキングペンギンの人工繁殖には成功していますし、いろんな園館でも行われています。
世界でみてもペンギンや鯨類の人工繁殖には成功している例があるんですけど、カリフォルニアアシカやヒレアシ類の人工繁殖の記録が全然残っていないんです。
ですが、カリフォルニアアシカの人工繁殖についてすごく調べてはいるんですけど、前例がなくて。
たとえば、普段カリフォルニアアシカのオスのペニスはお腹の中に隠していて、交尾する時に出すんですが、まずそのペニスの出し方が分からないというふうに、ひとつひとつ課題を消化していかなければいけない状態です。
今は他の園館さんと自然繁殖で生まれているんですが、ゆくゆくは血統的に濃くなっていくので、最終的には精子の運搬で血統の多様性を維持しないといけない時代は絶対来るので、ヒレアシ類での人工繫殖技術も必ず必要と考えています。
ーーカリフォルニアアシカの人工繁殖の前例がないということですが、日本でまだ成功していないということですか?
おそらくですが、日本だけでなく海外の文献も見ても資料がないため、世界でアシカの人工授精の前例がないのだと思っています。
他の園館さんとも情報共有を普段しているんですが、アシカの人工授精に関する文献は見つからない状態です。
というのも、アシカは自然に繁殖できるので、人工繁殖する必要がないってことだと思うんですよね。
なので、今回の挑戦が成功したら世界初になるかもしれません。(笑)
ーー人工繁殖というのは体外受精したものを体内に戻しているんですか?
ペンギンでは、オスの精子を採取してメスの排卵時期に合わせて体内に入れています。
そのためには、メスのホルモン値を測ってオスから精子を採取する時期を合わせて行わないといけません。
その技術に関しては理論的には分かるのですが、実際にオスからどうやって精子を採取するのかっていうのが難題です。
人工繁殖のマニュアルが手に入ったとしても、アドベンチャーワールドだけで成功しても意味がなくて、カリフォルのニアアシカを飼育しているすべての園館さんで成功させるのが大切だと思っています。
ーーペンギンだと人工繁殖マニュアルが存在しているということですか?
これに関しては、キングペンギンだとアドベンチャーワールドで研究が進んでいます。
いろんな園館さんで人工繁殖に挑戦していますが、精子は採取できるけど、いつメスの体内に入れたら良いのか分からないなどといった各段階で、課題が解消できるように協力しています。
動物園や水族館の存在意義(※)に「繁殖」があります。
同じ目標を持って、園館ごとに取り組んでいますので、成果を最終的に会議や研究会で発表する場があり情報共有はしています。
(※)水族館園の存在意義とは、日本動物園水族館協会が掲げる「4つの役割」のこと。
- 種の保存
- 教育・環境教育
- 調査・研究
- レクリエーション
日本動物園水族館協会に所属する園館が、自然や貴重な動物を保護するために掲げられている。
参照:日本動物園水族館協会
ーー獣医さんに匹敵するほどの知識が必要になってくるのではないでしょうか?
そうですね。
僕は獣医の免許は持っていませんし、獣医には獣医の仕事がありますが、ある程度の知識は必要です。
血液採取や尿検査、日々の健康チェックなどは飼育員が行いますし、そのためのトレーニング(※)もあります。
(※)ハズバンダリートレーニング:受診動作訓練。麻酔など動物に負担をかけずに、治療や健康管理ができるよう、ストレスなく自主的にいろいろな体勢(もしくは姿勢)をとる訓練のこと。
読者の方へ
ーー飼育員を目指している方に何か伝えたいことはありますか?
高校の時の恩師から「どうせやるやら何か一つでも良いから極めなさい」と言われたことがあって。
〇〇ヲタクとか〇〇マニアの人っていると思うんですけど、それってすごいことだと思っていて。
一つのことに情熱を持つことって本当に大切だと思うんですよね。
12年働いているって言いましたけど、何十年も飼育を担当している方もいますので、僕もまだまだです。
もっともっと動物のことを知りたいと思いますし、もっともっと動物の魅力を伝えたいと思ってます。
僕は幼稚園の頃から好きなことが変わっていなくて、とても恵まれていると思うんですけど、好きなことを見つけるタイミングはいつでも良いと思うんですよね。
いろんな選択肢を持って、いろんなことを経験して、何か一つに着地したら、それに対して情熱を持ってやることが大事だと思います。
生きていくには、どうしても働かなければいけないので、好きなことを極めるのは一つの選択肢だと思いますし、楽しいですよ。
ーー最後に読者の方へメッセージをお願いいたします。
この仕事を続けている理由は、動物が大好きだからです。
何十年後の未来を想像した時、果たして同じ種の動物たちがこの地球上に存在しているのか。
『若い頃はこの動物いたんやけどな』なんていう話は、息子や子どもたちには極力したくありません。
今を生きる動物たちは、この先もずっと存在し、その動物たちを生で見られる環境を残していくのが、僕の使命だと思っています。
なので、『地球上には私たち人間だけじゃなく、一緒に生きている仲間がいることに少しでも意識を向けていただいて、未来へ残していきましょう』という気持ちが届けばうれしいですね。
ーー山内さんありがとうございました。
山内さんの動物に対する愛が溢れる取材となりました。
飼育員としての「志」だけでなく、飼育員だからこその「葛藤」も、垣間見られたのではないしょうか。
夢を叶えた今でも前例のない目標を掲げ、地球上の仲間とともに生きる山内さんに感無量です。
取材協力:アドベンチャーワールド
和歌山県・白浜町にある動物園、水族館、遊園地が一体になったテーマパーク。陸、海、空の140種、1400頭の動物が暮らしている。「こころにスマイル未来創造パーク」をコンセプトに掲げ、Smile(=しあわせ)があふれる社会に貢献し、いつまでも愛されるパークを目指す。
※アドベンチャーワールドのHPに移動します
WRITER PROFILE
Matsuda Natsuki まつだ なつき
ドルフィントレーナー専門学校を卒業後、ダイビングインストラクターや船舶の仕事に関わる。全国の水族館や動物園だけでなく、野生の生き物に会いに行くのも趣味。「地球に生まれた全ての生き物が、HAPPYで愛あふれる未来に生きたい」と願い文字を綴る。