現役飼育員に取材協力をいただき、現場で働く人の内側に秘めた想いを赤裸々にお届けする本企画。
今回も和歌山県にあるテーマパーク、アドベンチャーワールドのふれあい課で主に馬の飼育を担当されている山口さんにインタビューさせていただきました。
勤続歴29年のベテラン飼育員が語るこの仕事の魅力とは一体。
山口大雄さん
経歴
サファリ課 肉食動物の飼育担当 約8年
サファリ課 草食動物の飼育担当
エンジョイ課(ジェットコースター、観覧車)約2年
ふれあい課 ファミリー広場にて飼育担当 約半年
ふれあい課 ふれあい広場にて飼育担当 約2年
サファリ課 草食動物の飼育担当
サファリ課 ケニア号の運転・運行の管理
ふれあい課 ふれあい広場
ふれあい課 ファミリー広場 ※現在
ーー配属されたことのない陸上動物はいますか?
パンダですね。(笑)
ただ、個人的にはパンダの飼育に携わったことがあると自負していまして。
パンダって赤ちゃんが生まれると24時間体制になるんですけど、当時、別の部署にいた私も夜の1時から朝の10時までの夜勤という形でシフトが組まれていました。
その期間は、パンダの部屋の掃除をしたり、岸和田からアドベンチャーまで竹の運搬をしたりと陰ながら尽力していた認識です。
目次
幼い頃の父親との会話がきっかけで
ーー飼育員を目指したきっかけを教えてください。
祖父母の家が農家だったのか定かではないものの、子供の頃に父親がヤギやニワトリなどの動物の話をたくさんしてくれたことがきっかけになっていると思います。
その出来事が自分に影響を与えてくれているとは思ってもいなかったのですが、高校進学のための進路選択の時、ふと父親の言葉を思い出し動物に関わる仕事が「楽しそうだな」と感じたので、畜産科がある農業高校に進学しました。
振り返ると、畜産科なので動物飼育とはまた別ベクトルの授業内容だったのですが、中学生の頃の私は「動物関係の仕事につきたい」という夢をどうしたら叶えられるかと逆算した結果、このような学歴になっています。
高校卒業時の進路選択では、公務員として動物飼育に携わることが私の第一希望でした。
愛知県出身なので東山動物園の公務員試験を受けようと考えていたんですけど、その頃には既に試験が終了していまして。(笑)
そこで求人募集をしている動物園を探したら、アドベンチャーワールドが募集していたので、応募したという流れです。
もしこの時に、就職先が見つかっていなかったら大学に進学していたと思います。
ーー農業高校畜産科をご卒業されているとのことですが、酪農や養鶏場といった畜産系への就職は選択肢になかったのですか?
養豚、養鶏、酪農の3つにカリキュラムが分かれていて、私は酪農を専攻していたので養鶏場は選択肢にはなかったですね。
動物の飼育員になりたくて入学したので、夢はブレず飼育員一択でした。
ーー飼育員として担当したい動物はいましたか?
家で飼育できない動物に携わりたいという気持ちがありました。
なので、入社してすぐに肉食動物の担当に配属されたのはとても嬉しかったです。
山口さんの一日
ーー1日の業務内容を教えてください。
朝は8時半スタートです。
はじめは、馬房にいる馬を広場に移動させながら餌をあげて、開いた馬房を掃除するという流れを11時半まで行います。
馬房に残っている牧草は全て取り替え、糞や汚れている部分は全て掃除するので割と時間がかかります。
その後は、馬が歩いたり走ったりした時にでこぼことした跡が残るので、馬場のならしのためにトラクターをかけます。
「With」(※1)というホースパフォーマンスがあるので、毎日ではないですが乗馬のレッスンがある日もあります。
お昼休憩の後は、馬のアトラクション(※2)の担当になるか、猛禽類の調餌・給餌・掃除の担当になるかはシフトによって異なります。
土日祝日ですとホースパフォーマンスがあるので、出勤している時はほぼ出演しているため馬のシフトになることがほとんどですね。
その後は、「チャレンジホース(※3)」というアトラクションがありますので、その準備にかかります。
アトラクションが全て終わったら、朝移動させた馬たちを馬房に戻し餌をあげて終了です。
(※1)“絆”をテーマとするホースパフォーマンス
(※2)大きい馬の馬車
(※3)チャレンジホース
ーー馬は主に牧草を食べているイメージがあるのですが「調餌」はありますか?
あります。たしかに馬は主に牧草を食べていますが、それだけだと栄養が偏る場合があるので濃厚飼料を与えています。
ーー動物の健康管理で「日頃の観察」が大切になってくると思うのですが、山口さんはどんなことを注視していますか?
月に一回、馬の体を計測しているので、その数値を念頭に置きながら、馬房掃除の時の糞や牧草の散らかり具合を気にかけています。
もちろん、馬の行動を見ていたらすぐ分かるのですが、どちらかといえば目に見えない部分を注視してます。
ーー糞の状態を健康管理の一環として気にかけているとのことですが、具体的にどのような状態になっていたら馬の体が不調であると判断しますか?
糞が水っぽくなっていたら、いつもと違うことは誰にでも分かると思うのですが、あとは糞の量、個体によっての糞をしている場所、お尻の部分の汚れなどを見ています。
ーー動物は体調不良を隠すとこれまでのインタビューで伺ってきたのですが、馬も同じですか?
隠しますね。
ただ、足を痛めている時は「痛い」というような顔をして歩いているように見えますし、お腹が不調な時はずっと横たわっている時もありので、これまで飼育担当してきた動物と比べると分かりやすい気もします。
飼育員として働き続けられる秘訣と過去の経験
ーー飼育員を続けられる秘訣を教えてください。
入社4年目の時に今でも覚えているミスをしてしまったことがありまして、それが根本的な理由になっていると思っています。
小さなミスではあったんですが、飼育員として勤務している以上、自分の不注意で人間や動物たちの命に関わることがあると痛感した出来事でした。
今でも辛い出来事として記憶に残っていて、同じ職場で働いている仲間、これから飼育員になる人に自分と同じような経験はして欲しくないと強く思っています。
だからこそ、動物と関わる上でできた傷跡を勲章と誇らず「いつ命を奪われるか分からない」という危険性、緊張感を持つことを伝えていきたいです。
とはいえ、致し方ない部分もありますので、直接命に関わりそうなことは厳しく指導はしています。
いつも楽しく仕事がしたい
ーーそんな山口さんが働く上で大切にしていることはありますか?
「安全第一」と言いたいところですが、それは大前提です。
私は「いつも楽しく仕事がしたい」と思っています。
飼育員に限らず仕事は辛いことや大変なことがたくさんあると思うのですが、その場面や環境で「どれだけ楽しみを見つけながら仕事ができるか」を大切にしています。
そう思ったのにはきっかけがあって、私がエンジョイ課に配属され遊園地での勤務になった時に、動物飼育から離れたこともあり楽しみを見出せずにいた頃がありました。
けれど、そこで働いている仲間がすごく楽しそうに働いていて、自分たちが楽しくなかったら来園者も楽しめないだろうと気がついた時に、考え方が大きく変わりました。
自分の希望する仕事ではなくても、学びは必ずありますし、それが楽しみになる場合もあります。
いつか希望の仕事につけた時には、これまでの経験が還元材料にもなります。
なので、飼育員同士とのコミュニケーションを心がけながら、いつも楽しく働ける職場環境を整えていきたいと思っています。
ーー29年勤務されてきて、一番の思い出や楽しかったことなどはありますか?
サファリ課の草食動物の飼育担当をしていた頃が一番思い出として残っています。
動物が生まれたとかそういった出来事ももちろん嬉しいのですが、私の場合は当時のチームがとても良い雰囲気で楽しく仕事ができていたと感じています。
兄弟のようなチームで、そのような環境を築くことができたのはとても嬉しかったです。
ホースキャンプ立ち上げとその裏側
ーーこれまでで印象に残っている大変だった出来事を教えてください。
2017年にホースキャンプができたんですけど、そのプロジェクトの立ち上げメンバーとしてアトラクションの企画を考え、上司との意見のすり合わせることがこれまでで一番大変でした。
企画を考え提出するのですが、「乗馬」や「馬車」などのアトラクションは、アドベンチャーワールドの中で前例がなかったため、イメージも湧きにくかったです。
また通らなかった企画を修正するために、夜中まで案を練ったり、視察に行ったりと試行錯誤を半年間繰り返しました。
安全面や実現性も私の中では未知だったので、あの頃はとてもしんどかったですね。
動物たちを新しい角度で魅せたい
ーー今後挑戦してみたいことはありますか?
動物の「魅せ方」について追求してみたいなと思っています。
動物福祉を考慮することを前提に、たとえば「ガラス張りの板の上を象が歩けるようにして下からその象を観察できるようにする」だったりとか、「馬に乗ってサファリゾーンを歩いたら面白いのではないか」だったりとか、そういうことを日頃の業務からヒントを得て何ができるのかを考えていきたいです。
夢や希望はいつまでも持っていてほしい
ーー飼育員を目指す方へメッセージをお願いします。
動物園の飼育員は本当に狭き門だと思いますが、ぜひやり切ってほしいと思っています。
「継続は力なり」という言葉がありますが、やはりどうしても叶わないことはでてきます。
それでも自分の夢や希望はいつでも持っていてほしいと思います。
なんかのきっかけで夢に近づくこともありますし、本当に何が起こるか分からないので、訪れたチャンスはいつでも掴めるような準備をしていても良いと思います。
今は大学卒業生や専門学校卒業生が入社してくることがほとんどですが、時代は違えど、私がこうして就職して飼育員として働けているので希望は捨てず、ずっと野心を燃やしていてほしいです。
ーー最後に山口さんがおすすめするファミリー広場の見所を教えてください。
最近できたアジアゾウの展示場ですね。
まだまだ発展途上ですが、アジアゾウが自由に暮らしている空間がコンセプトですので、ぜひ見ていただきたいです。
他にも、動物たちの生態行動から日々ヒントを得て、少しずつ展示の工夫をしていきたいと思っているので、アドベンチャーワールドが進化していく様子なども期待していただければと思います。
ーー山口さんありがとうございました。
山口さんが飼育員として働き続けられる秘訣は、社会人としての心得のように感じました。
どんなことにでも楽しみを見いだせる強さ、自分と同じ経験をして欲しくないという優しさを兼ね備えた素敵な方でした。
今後のアドベンチャーワールドの発展が楽しみで仕方ありません。
WRITER PROFILE
Matsuda Natsuki まつだ なつき
ドルフィントレーナー専門学校を卒業後、ダイビングインストラクターや船舶の仕事に関わる。全国の水族館や動物園だけでなく、野生の生き物に会いに行くのも趣味。「地球に生まれた全ての生き物が、HAPPYで愛あふれる未来に生きたい」と願い文字を綴る。