暗い夜の海一面に広がる神秘的な青い光。この宝石のような光は、いったい何の光でしょうか。
これは海岸に集まってきた小さなイカ、ホタルイカの放つ光です。
古来、ホタルやクラゲなど光る生き物は人々を魅了してきました。富山湾の春の風物詩、ホタルイカもそのひとつ。数百万匹ものホタルイカが産卵のために湾へ集まり、青白い光を放つ光景は、非常に幻想的です。
しかし、ホタルイカは一体なぜ光っているのでしょうか?
イカの仲間には発光する種類がたくさんいます。現在、イカは約450種が確認されていますが、そのうち光るものは約210種と、その割合は全体の約47%(※1)。ホタルイカが属するホタルイカモドキ科のイカは、その40種以上すべてが光ります。
そこで本記事ではホタルイカがなぜ光るのか、オランダの動物学者ニコ・ティンバーゲンが提唱する4つのアプローチから解説します。動物学の祖といわれるニコ・ティンバーゲンは、生物のある習性や機能を理解するためには、4つの疑問を解明しなければならないと考えました。すなわち、
①その習性・機能のメカニズムはどのようなものか
②その習性・機能はなんのためにあるのか
③その習性・機能は個体の発達段階でいつ完成するのか
④その習性・機能はどのような進化過程で獲得されたのか
という4つの問いです。これを「ティンバーゲンの4つのなぜ(問い)」と呼びます。
①ホタルイカの発光の仕組み
ホタルイカが光るのは、発光器と呼ばれる光る器官に蓄えられた、ルシフェリンというタンパク質が化学反応を起こすためです。ルシフェリンにルシフェラーゼという酵素が働くと、酸化反応が起きてオキシルシフェリンになります(L-L反応)。この酸化反応で放出されたエネルギーが光に変換されて発光するのです。この光は発熱を伴わないので「冷光」と呼ばれています。
ルシフェリンは、前駆体であるプレルシフェリンとしてイカの肝臓で合成されます。プレルシフェリンは、ルシフェリンとなって肝臓からそれぞれの発光器へ送られますが、不活性な状態で貯蔵されるので、すぐには光りません。必要に応じて活性化し、ルシフェラーゼの作用で発光します。酸化反応で生じるオキシルシフェリンはリサイクルされてふたたび肝臓へ送られ、プレルシフェリンが作られます。
ところで、ルシフェリンというのは、ルシフェラーゼと反応して発光する物質の総称です。昆虫のホタルや海にすむ甲殻類のウミホタルが光るのも、ルシフェリンとルシフェラーゼの反応によるものですが、これらのルシフェリンはホタルイカのルシフェリンとは構造が異なります。
②ホタルイカが発光する目的
ホタルイカには、腕発光器(うではっこうき、わんはっこうき)、皮膚発光器(ひふはっこうき)、眼発光器(がんはっこうき)の3種類の発光器があります。これらの発光器はそれぞれ違った光り方をするので、目的別に使用されていると考えられています。
(1)腕発光器は、第4腕と呼ばれる腕の先端に3個ついています。3種類の発光器の中で一番大きく、長径が1.4mm、短径が1mmあります。(※2)非常に強い光を発しますが、発光するのは一瞬だけ。つまり腕発光器の目的は、襲ってきた敵の目をくらませることです。捕食者の目をくらませたあとはすぐに発光器を黒色色素で包んで光を消し、方向転換して逃げ去ります。
(2)皮膚発光器は弱い光を継続的に発する小さな発光器です。1000個程度が皮膚に点在していますが、その分布は、泳ぐときに下になる腹側が密に、背中側がまばらになっています。
太陽の出ている昼や月の明るい夜は、当然ながら海面に近いほうが明るくなります。そうすると、海中を浮遊しているイカの姿は、下方からやってくる捕食者にはシルエットとなって映ってしまいます。そこで、活躍するのが皮膚発光器。周囲の明るさに合わせて発光することで背景に溶け込み、敵の目をあざむくのです。発光器が腹側に集まっているのはそのためです。
また、まばらについた背側の発光器は側方に向いているので、横からの敵にも対応できます。このように、影となる部分を明るくしたり、反対に光の当たる部分を暗くして背景に紛れる戦略を、「カウンターシェイディング」と呼びます。皮膚発光器の目的は、カウンターシェイディングなのです。
加えて、周りの明るさに正確に合わせられるよう、ホタルイカは頭の上と腹側の皮膚の中に光受容器を完備。すなわち、頭の上の受容器で周囲の光を測定し、腹側の受容器で自分の発光器から出る光の強度をモニターして、発光の度合いを調節しているのです。
(3)眼発光器は眼球の腹側に5つ、縦1列に並んでついています。この眼発光器が実際に発光しているところは、つい最近の2021年5月におそらく初めて観察されました。しかしその発光の目的はよくわかっていません。仮説のひとつとして、ホタルイカの幼体は眼球腹側の皮膚発光器が未発達なため、成長過程において眼発光器を代わりに使っている可能性が考えられます。(※3)
ホタルイカが発することのできる光は、波長の違う青・水色・緑の3種類。そして、ホタルイカの目はこれら3種類の波長の光を識別することが可能です。もしかすると、ホタルイカ同士が光でなんらかのコミュニケーションをとっているのかもしれません。(※4)
③ホタルイカは生まれたときから光るのか
ホタルイカの成長過程でいつから光り始めるのかは、よくわかっていません。ただ、眼発光器の項でも述べたように、あまり小さいときにはまだ発光器は未発達なようです。
④ホタルイカはいつから光りはじめたのか
進化の過程でホタルイカがいつ発光する機能を獲得したのか、これもまだよくわかっていません。イカの種類によって発光様式はさまざまで、複雑な発光器を発達させたものや単純な発光器だけを持つもの、あるいは自分自身が光るのではなく、皮膚に共生している細菌が発光する種類もいます。にもかかわらず、イカの仲間のルシフェリンがどれもみなホタルイカと同じ構造をしているのは、興味深い点です。
ホタルイカは、生存戦略としての発光機能を巧みに進化させてきました。しかし、光る生き物の進化についての研究は、まだまだこれからの分野です。一方で、オワンクラゲの緑色蛍光タンパク質の発見がライフサイエンスの解析技術を躍進させたように、発光生物の研究が科学技術の発展につながる可能性もあります。これらの点からも、ホタルイカの発光について、さらに明らかにされていくとよいですね。
参考資料
・「生き物をめぐる4つの「なぜ」」長谷川眞理子
WRITER PROFILE
岡田 千夏 おかだ ちなつ
ねこ好きライターです。理系分野が得意。ねこのイラストや漫画も描きます。京都で4にゃんと暮らしています。