2022年06月10日

なぜ雄と雌が存在するのか

クジャクの雄

私たち人間をはじめ、身近な存在である猫や犬、スズメやハトなどほとんどの動物には雄・雌の性別があります。植物にも雄花と雌花、おしべとめしべがあり、性別を雄と雌に分けて有性生殖をする生き物は、地球上で繫栄しています。

クジャクの雌

一方で、無性生殖する生き物も多くいます。大腸菌などの細菌類は親細胞がふたつに分裂することによって増え、パンの発酵に使われる酵母菌は親細胞から芽が出る「出芽」で増えます。カビやキノコなど胞子で増える菌類も無性生殖であり、植物の中でも自然薯などのつるにできるむかごは無性生殖です。(※1)

自然薯のむかご

このように生き物によっては、有性生殖と無性生殖をするものがあります。それではいったい、なぜ雄と雌があるのでしょうか。(なぜ生き物は有性生殖をするのか?)

この記事では雄と雌について、オランダの動物学者ニコ・ティンバーゲンが提唱する4つのアプローチから解説します。動物学の祖といわれるニコ・ティンバーゲンは、生物のある習性や機能を理解するためには、4つの疑問を解明しなければならないと考えました。

すなわち、

①その習性・機能のメカニズムはどのようなものか

②その習性・機能はなんのためにあるのか

③その習性・機能は個体の発達段階でいつ完成するのか

④その習性・機能はどのような進化過程で獲得されたのか

という4つの問いです。これを「ティンバーゲンの4つのなぜ(問い)」と呼びます。

「ティンバーゲンの4つのなぜ」

①性が分化するメカニズム(性の至近要因)

たとえばシカの雄には角があって雌にはないなど、雄と雌にはそれぞれの特徴があります。さまざまな特徴がある中で、何をもって雄、雌とするのでしょうか。

生物学上の定義では、雄とは精子を作る生き物であり、雌とは卵を作る生き物のことです。有性生殖では、異なる性別の2個体がお互いに「配偶子」という細胞を出しあって子どもを作ります。配偶子は、体を形づくっている細胞に比べて、遺伝子の量が半分である特別な細胞です。配偶子の大きいほうを「卵」、小さいほうを「精子」と呼びます。

卵の大きさ精子の大きさ
ヒト0.12mm0.06mm
ニワトリ60mm0.13~0.14mm
魚類2~7mm0.03~0.06mm
生物種による卵と精子の大きさの違い(※2)

※有性生殖では、子は両性の個体から遺伝子を受け継ぐため、通常の細胞のまま子を作ると、遺伝子が世代を経るごとに倍々になってしまいます。そのため、有性生殖をする生き物は減数分裂という遺伝子が半分になる分裂を行い、それによってできた細胞(これを配偶子といい、精子や卵に当たる)を利用します。

(引用「3分でわかる「娘細胞」体細胞分裂や減数分裂についても獣医学部卒ライターがわかりやすく解説!」https://study-z.net/100185231/4)

では生物の雄と雌はどのように決まるのでしょうか。性が分化するメカニズムをみてみましょう。

雄になるか雌になるかは、特別な染色体「性染色体」で決まります。哺乳類では、性染色体がXXなら雌、XYなら雄になります。鳥類では反対で、ZZなら雄、ZWなら雌になります。

それでは、シカの角やクジャクの羽など、雄らしい性質の遺伝子がすべてY染色体の上にあるのかというと、そうではありません。Y染色体にあって性別の決定に重要な働きをするのは、「SRY遺伝子(雄性決定遺伝子)」という遺伝子です。

(引用「ほ乳類の性決定遺伝子Sryの発現制御メカニズムの解明に成功 -人間の性分化疾患の原因解明に期待-」https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/archive/prev/news_data/h/h1/news6/2013/130906_1

哺乳類は、発生のはじめの段階ではすべて雌になるようにプログラムされており、精巣にも卵巣にもなることができる「原生殖器」を持っています。SRY遺伝子が働くことで原生殖器が精巣となり、その個体は雄になります。

精巣では、男性ホルモン(テストステロン)が大量に作られ、そのホルモンの働きで雄の特徴を作る遺伝子のスイッチが入ります。その結果、シカの角やクジャクの羽といった雄らしい特徴が現れるのです。

雌の場合は、そのまま原生殖器は卵巣になります。卵巣で作られた女性ホルモン(エストロゲン)に刺激されて雌の特徴を作り出す遺伝子が発現し、雌は雌らしくなります。

つまり、X染色体・Y染色体という遺伝子は性差の最初の段階(原生殖器が精巣になるか、卵巣になるか)に作用しており、その後は精巣・卵巣で作られるホルモンによって性差ができるということになります。

以上が性が分化するメカニズムの基本になります。

②成長のどの段階で性差が生じるのか(発達要因)

前項とのつながりから、先に発達要因について考えてみましょう。

発生初期に原生殖器が精巣と卵巣に分化すると、性ホルモンの働きにより雄雌それぞれの生殖器が胎児の段階で作られます。これを第一次性徴といいます。

第一次性徴に対して第二次性徴とは、人間でいうところの思春期にはっきりとしてくる雄雌それぞれの特徴のことです。

思春期になると、脳下垂体から「生殖腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)」というホルモンが分泌され、生殖腺の発達を促します。その結果、精巣や卵巣が発達して性ホルモンが分泌され、性別ごとの特徴が顕著になってくるのです。

③なぜ性があるのか(究極要因)

では雄と雌で特徴に違いがあるのはなぜなのでしょうか。また、そもそもなぜ雄と雌があるのでしょうか。それぞれについて考えます。

(1)雄と雌の特徴の違いはなぜあるのか

シカの雄は立派な角を持っていますが、雌にはありません。また、クジャクは雄だけが美しい尾羽を持ち、ウグイスも雄だけがきれいな声でさえずります。

これらの違いを説明するのが「性淘汰の理論」です。シカのように雌をめぐって雄同士が争う種では、戦いに勝ったものだけが子孫を残すことができます。その結果、角や牙がより大きくなったり鋭くなったりする方向に進化したと考えられています。同じく、クジャクやウグイスのように、雄の羽の美しさやさえずりの良さを雌が選り好みする種では、雄がより美しくなる方向へ進化しました。

角を突き付け合う雄ジカ

ここで生じる疑問は、多くの種で雄が争い、または羽飾りをつけるのはどうしてかということです。雌が雄をめぐって争わないのはなぜでしょうか。

それには、雄雌の繁殖サイクルの違いが関係しています。一度繁殖を始めてから次の繁殖ができるまでにかかる時間を「潜在的繁殖速度」と呼び、これはおおよそ、配偶子を生産するのにかかる時間と子育てする時間で決まります。配偶子を生産する時間は雄より雌が長いので、子育てを雌のみあるいは雄雌両方でする種では、潜在的繁殖速度は雄のほうが短くなります。その結果、繁殖できる個体は雄余りの状態となるため、繁殖できる数少ない雌をめぐって雄同士が争ったり、雌に選んでもらうためにアピールしたりするわけです。

これに対して、子育てを雄のみがする場合で、配偶子を生産する時間の差を引いても雄のほうが潜在的繁殖速度が長くなるときは、雌余りの状態になります。実際に、ヒレアシシギという鳥は、雄のほうが潜在的繁殖速度が長いので、雌同士が雄をめぐって争うことが知られています。

ハイイロイレアシシギ(夏羽)(引用元「Wikimedia Commons」https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Phalaropus_fulicaria1.jpg)

(2)そもそもなぜ性があるのか

では、なぜ性があるのでしょうか。冒頭にご紹介したように、この地球上には無性生殖する生物もたくさんいます。無性生殖では1つの細胞が分裂して1つの新しい細胞を作ることができますが、有性生殖では2つの細胞が配偶子を出し合って1つの細胞を作るため、効率的ではありません。また性別が分かれることで、その生物集団の半分は繁殖相手にはならないため、繁殖相手を探す手間も増えてしまいます。

そのようなハンデがあるにもかかわらず、有性生殖をする生物が繫栄している理由は、遺伝子の組み合わせを変えることにあります。

無性生殖の場合、親の個体の遺伝子がそのまま子に引き継がれるため、有害な突然変異が起きてもそのまま次の代へ引き継がれてしまいます。これに対して有性生殖では、ふたつの個体がそれぞれの遺伝子の半分量が入った配偶子を提供し合うので、有害な変異を除去できる可能性が高まります。また、長期的にみれば、遺伝子の組み合わせを変えることで多様性が生まれ、環境への適応力につながるメリットもあります。

もうひとつは、寄生者への抵抗力を高めることです。細菌やウイルスなどの寄生者は宿主の防御機構をすり抜けて宿主に寄生します。遺伝子を組み替えることで防御機構を構成しているタンパク質が変化すれば、宿主の次の世代には、寄生者はもう防御機構をすり抜けることができなくなるかもしれません。(※3)

有性生殖と無性生殖(引用元「ふたば塾デジタル教材(理科)有性生殖と無性生殖」https://futabajuku.jp/digital-reproduction)

④性はどのように進化してきたのか(系統進化要因)

性の進化についてはまだわからないことも多いのですが、現存する無性生殖生物の行動から推測できることもあります。大腸菌などの多くの細菌類には、細菌同士が細い管を伸ばしてつながり、遺伝子の一部を交換する「接合」という行動が見られます。また、シイタケなどの菌類や粘菌の仲間においても、遺伝子の一部を交換する現象があります。おそらく生物進化の途上で、お互いの遺伝子を交換したり細胞を融合させたりするものが出現し、それが有性生殖の進化へとつながったのでしょう。

まとめ

一見効率の悪い有性生殖がなぜ生存に有利であるのかは、遺伝子を組み替えることで、変異するスピードの速い病原体に対抗できるためだと考えられています。つまりは、生き残るためには進化しなければならないということにほかなりません。この説は、ルイス・キャロルの小説「鏡の国のアリス」に出てくる赤の女王が言った「その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない」というセリフになぞらえて、「赤の女王説」と呼ばれています。

(参考資料)

・「生き物をめぐる4つの「なぜ」」長谷川眞理子

・「性はなぜあるのか―進化生物学の視点から」早川智https://www.jstage.jst.go.jp/article/numa/72/3/72_126/_pdf

・(※1)https://gakusyu.shizuoka-c.ed.jp/science/chu_3/seimei/ikimononohuekata/huekata5/huekata501.html

・(※2)https://tokyo-teacher.com/article/tj-sc/tj-sc-4-bi/tj-sc-4-bi-435-tamago/

・(※3)https://www.tmu.ac.jp/cooperation/tmunavi/index/science/biol/6704.html#:~:text=%E4%B8%80%E6%96%B9%E3%80%81%E6%9C%89%E6%80%A7%E7%94%9F%E6%AE%96%E3%81%A7%E3%81%AF,%E3%81%A8%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%A6%E3%81%8D%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F%E3%80%82

WRITER PROFILE

岡田 千夏 おかだ ちなつ

ねこ好きライターです。理系分野が得意。ねこのイラストや漫画も描きます。京都で4にゃんと暮らしています。